Little AngelPretty devil 
     
 〜ルイヒル年の差パラレル 番外編

    “寒夜の陰にて”
 


暦が此処まで進んで、
冬へとがっつり食い込む頃合いともなれば。
日暮れも早まり、
あっと言う間に夜陰の天幕が降りて来て
辺りを覆ってしまうから。
ひょいと顔を上げただけ、さして高みでもない位置に、
それはくっきりと鮮明な輪郭の、
微妙に初々しい色合いの真ん丸な月が
夜空にふわんと浮かんでいたりし。
思わぬこととて視野の中へ収まっている神聖な存在へ、
はっと息を飲み、そのまま見入ってしまったりもするほどに、
不意打ちみたいな そんな思わぬ邂逅が、
今しも起こりそうな刻限の、
此処は とある林の中。
早い宵のどこからか、冷たい風が押し寄せて来、
ざわざわという木葉擦れの音がさざ波のように立ち始める。
冴えた夜気は氷のような冷たさで、
こんなところに出向いている者があったなら、
よほどの酔狂か よんどころのない用件からか。
そんな寒々しい場末の樹の間に、
白っぽい何かが サッと閃くように翔ってゆく。
木々が密に生い茂り、墨を流したような漆黒の闇の中。
まるで月光が悪戯に眷属を降らせたかと思わすような鮮やかさで、
ひらりと軽やかに 右から左へと駈け去った何者か。
ようよう見やれば どうやら何とか“人”のようであり、
明かりも持たずの手ぶらだというに、
木の根につまづきもしない、危なげないまま、
結構な速さで駈け続けてござる。
月の光と紛うたは、狩衣だろう白い衣紋をまとっているのと、
ご本人もまた それはそれは色白な御仁だからで。
雪の訪れを知らせに来た冬の精かと恐れられそうな
真白き肌を張った頬に、
ここ、日之本の人にはなかなかあり得ぬ
淡い金色の髪をした御仁であったゆえ。
もしもうっかり出食わしたお人がおったなら、
妖異に遭うたと 腰を抜かしたかも知れぬ。
とはいえ、その御仁はといえば、
昼間ひなかのお外遊び、
鬼ごっこでもしているかのよに、
屈託のない様子でヒラリヒラリと軽やかに翔っておいでで。
狩衣の袖を羽衣のように広げてひらめかせ、
膝までの笹の茂みを幾つか飛び越え、
そうまでして駆けているのは
ほんの少し先に浮かんで“おいでおいで”と誘う光があったから。
金の髪という風変わりな風貌の、
淡色の狩衣の君の ほんのちょっぴり先を行くその光は
例えて言えば蛍のようで。
緑がかった青い光の小さな何か、
清流を泳ぐように夜陰の中をすいすいと進んでおり。
何かの羽虫か、はたまた火の粉かとも思われたが、
追うている彼が少しでも遅れを見せれば、
宙に浮いたまま静止して、追いつくのを待って見せる様は、
意志と命のあるもののよう。
宵の林の中を、不思議な存在追いかけて、
それは軽やかに駆ける君は、
その足元が徐々に傾いていることへ果たして気づいているのやら。
少しずつ斜面になっているその先は、
不意に林が途切れてしまい、
ずんと高さのある危ない難所、
切り立った崖っ縁となっているのだが、
この暗がりの中、
視線がずっと飛ぶ光に奪われたままになっている彼には、
そこまで気がつくはずもなく。

 「……。」

おいでおいでと小さく揺れたその光、
相手は飛べぬと判っておらぬか、
誘うようにふるりと宙で輪を描き、そのまま先へと進んでく。
ずっと同じ調子で駈けていた狩衣の君、
やはり足取りを緩めはせぬまま、
道なぞない下生えの上を駆け抜けて……、

 足元に地べたがなくなり、
 そのまま真下の岩場へ転落してしまうはずが

 《 ……っ!》

目には見えない橋でも架かっていたものか。
とんっと飛び出した宙の真ん中、
ちょうど木立ちも途切れての
真珠色の月明かりに照らされるまま、
人の和子が浮かんでおいで。

 《 な…っ。》

 「すまぬな、他の連中と同じではなくて。」

此処までを導いて来た小さな光玉が、
戸惑うように左右に揺れる。
それへと向けて、金茶色の鋭い眼差しをした陰陽師殿、
懐ろから摘まみ出した弊を指先に挟むと、
どういう技か、柔らかな和紙のそれをピンと真っ直ぐに延ばし。
カミソリのようにしてから無造作に宙を数度ほど切りつければ、

 《 ぎゃあぁぁあっっっ!》

青い光玉が撥ねるように宙を逃げ惑い、
まるで火であぶった半紙が燃え尽きる様を巻き戻したように、
その光の回りに何かしらの陰がじわじわと姿を現して。

 「神通力でも使うのか、
  逢う者逢う者、惑わしては 皆此処まで連れて来て、
  谷へと突き落としていたらしいが。」

京の宮中に仕える殿上人、神祗官補佐の蛭魔としては、
それでなくとも忙しいのに何でまた、
うら若い女性の幻に誘い出されて、
谷へ突き落とされる馬鹿共の敵討ちなぞせにゃならぬと、
憤懣やるかたなしではあったれど。
親御らから頼まれた意趣返し、
直接持って来た上司のおねだりへ

 “結局は応じてるんだから、困った奴だよな。”

崖から宙へと飛び出した蛭魔の身、
特殊な印を結んで姿を消し、
長い袂の陰に手を入れて支えてやっている葉柱が、
実は立派にお人よしかもしれない御主なのへ、
こそりと内心で苦笑しているところだったりし。

 「どれほどの若公達らにからかわれたか、
  これまでの頭数で十分に仇は討てているはずだがの。」

もう既に結構な数の馬鹿息子らが落っことされており、
なのに やはり誘いの蛍はやって来る。
悪い遊びのお仲間全員を誅さずば気が済まぬのか、
それとももう見境がなくなっているものか。

 「どこぞかの巫女と訊いておったが、
  まさかに命削って
  こんな馬鹿な咒を唱えておるわけではなかろうな。」

咒を記した弊を振るって、
闇の中へと姿を隠していた巫女さまの影を暴き出した蛭魔。
仙女のような臈たけたお顔をやや曇らせて、
そちらも真白い手を延べれば、

 《 …っ。》

成敗されるとでも思ったか、
墨色の小袖と袴という不気味な配色の巫女装束をし、
異形な何か、額に角のある木彫りの仮面を顔へと伏せた誰か様、
怯えたように身をすくませ、その姿を夜陰へ溶かして逃げ去ってしまい、

 「お…。」

そこまでのつもりではなかったか、
尻に帆掛けて逃げた相手を、
少々意外そうに見送った格好の蛭魔、

 「逃げる可愛げがあるのであれば、
  まだ怨嗟に呑まれ切ってはおらなんだのかもな。」

誰へのそれだか、聞きようによっては言い訳めいたことを言い。
背後においでの頼もしい黒子様の腕へ、
彼の側からも ぽそりと凭れて、
おお寒いと肩をすぼめて見せたのだった。




    〜Fine〜  14.12.13.


  *あちこちから雪の知らせも届きますが、
   十二月から寒いなんて酷ですよね。
   これの一体どこが暖冬なんだ。


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